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ギメ美術館の大名展

これは、イギリス人の武者で,鎧兜なしのパンツ一丁。
パリの東洋美術のギメ美術館開催中の 大名展、本館の方に、鎧兜、十五体位を展示、別館に大名分布図、采配とか、兜とかを展示。トンボを意匠したかぶととか、すごく興味深い展覧会でした。これだけ集めるのに、どうやったのかなもし。
最初、実際に鎧兜を使用したのは、戦国時代からで、大々的には、関ケ原だと思い、軽い興奮。徳川方の武将か、三成、西軍か。
一覧カタログでなく、薄いカタログ(9.5ユーロ=千円)を買ってしまい、失敗しました。鎧兜の由来説明に、加賀藩前田公とか、江戸中期とか、大まかな記述が大半。あれだけ、保存状態が、良好なのだから、ほとんどが、やはり、江戸中期以後の、大名家のお飾り用のものなんですね、きっと。鎧の組みひもの色がすごく鮮やかで。
でも、肥前国佐賀藩第四代藩主鍋島吉茂の名前は、でてました。兜は、五月人形の兜と似てる意匠。紋は、徳川家の三つ葉葵じゃない方の紋。第四代だから、島原の乱の際の出陣に、この鎧兜で、加わっているのかしらん。
あと、毛利元親 第十三代 長門 長府 の大名とある。義親とか、なんとか親が毛利家には、たくさんいて、どうも、もとちかが、はっきりしないんです。第十三代だと、いずれにしても、江戸中期以降かな、いや、毛利家は、戦国時代以前からある大名家だし、写真の鎧兜は、ほとんど、新品にみえなくもない。
あと、丹波 園部の大名、小出氏の鎧兜、あと、松平(1603-1868)、、、、松平は、徳川家康の確か母方の苗字でしたっけ、室町からつずく徳川家の母体だそうです。一体、どちらの松平の殿様のなのか、わからんちゃ。
後、長篠の戦いの絵屏風、長篠、、、、、、信長が鉄砲隊で、武田勝頼をコテンパンにうちのめした戦じゃ。
この展覧会、見た目には、鎧兜をずらっと揃えて、あっぱれ、お見事、と言えます。が、あまりにも、時代考証が、戦国時代から、江戸末期までのが、必要で、日本人には、若干理解しがたいけど、観客、フランス人が対象だから、大名の役割を概略、知ってもらえば、それで、よいのでしょう。 西洋のは、鎖かたびらでシンプル、日本の鎧兜は、意匠が凝ってて、その役割は、勇壮武漢を表すのに、美しい。 関ケ原の天下分け目の戦いに的絞り、それをわかりやすく、簡単に解説する、のは、だめかしらん。
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スペインの俳優 

 Louri Pen作 Marc Chagall 像
ポンピドゥーセンターで、今開催中の CHAGALL, LISSITZKY , MALEVITCH 展 の 一作です。フラッシュが光ってて、ごめんなさい。
多分、二度目にまた、光らすと、注意されるから、二度撮りしませんでした。旧ソビエト連邦時代のVitebskというところで、1918-1922にシャガールが中心となって、開いた絵の教室での、シャガール 他の教師、生徒の作品展で、フランソワに引っ張られて、半信半疑で、行ったら、結構、よかった。サブタイトルは THE RUSSIAN AVANT-GARDE IN VITEBSK でした。昨日は、グランパれの チェコ出身の画家クプカ展を見に行って、まあまあでしたが、今日の方が、よかった。しかし、昨日も, 今日も、なんか、似たような、抽象絵画があって、んんんんーーーってとこです。クプカにしろ、シャガール、カンディンスキー等、ゼロが一杯つくお値段なのですから、ありがたく、見させてもらいました。私の絵も、売れないかなあ。先週は、ギメ美術館でやってる、大名展を見ましたが、安土桃山時代の大名の鎧兜をニ十体位展示で、誰のものだったののか、カタログ、買えばよかった。また、レポートします。人が多くて、いちいち、武将の名前をみなかったので。松平直親(直なんとか)とかいう人、たしか、家康の、、、、、福井あたりの所領で、最後、気がくるって、お取りつぶしになった、、、、いや、カタログかって、調べて書かなくては。松平姓の殿様は、多いから。関ケ原、天下分け目の戦いあたりの本は、私は、だいすきで、 読み漁りました。大名自身が、あの重たい鎧兜で、戦えるはずなく、勇壮なお飾りでは、あるものの、今から、三百年以上前の人の体格は、相当、貧弱みたい。いま、フランス人の男性の平均身長が177cmだから、それより、十五センチは、低いみたいですね、あの時代の人は。
 絵の展覧会には、ほぼ、毎週末のごとく、でかけてます。が、それをブログに書いても、、、、つまんないか。藤田嗣治展も今、やってます。
さて、前号おわりで紹介したというか、触れた、スペインのテレビ緊急病院シリーズの医者、 名前は、
      Octavi Pujades といって、43 才。1974年生まれ。  いま、La Lola という、ドラマシリーズも、放映中で、結構、パンツ一丁になってる。いま、売れてる 俳優さんらしい。
 TVE というこのチャンネルに、昨日から、はまってて、ニュースで、ホアン カルロス前国王が、入院してるそうです。ソフィア前王妃と 息子、現国王と、レテシア王妃がお見舞いに病院へ。大丈夫のようです。
では、Pujades と、 現王室のお見舞いを ダウンロードして、すぐ、送信します。

パリの先達の方



パリには、OVNIというフリーペーパーが、発行されています。発行人の方は、大変苦労して、この新聞を続けていて、本も出されてます。昨年まで、ニュースダイジェストというのもあったんですが、なくなってしまった。よって、今は、フリーペーパーは、OVNI のみです。OVNIに広告を出しているお店においてあり、私は、ジュンク堂か、K-martで貰ってきます。
 私は、テレビ チャンネル TF2の夜の八時のニュースは、毎日みますが、複雑な事件、こんがらかった政治、訳の分かんないことは、OVNIで、ザっと、概要をつかんで、復習。そうか、なるへそ、そういうことだったのか、、、の連続。フランソワに聞いても、彼の説明が、わからんじゃ。僕もわかんない、も多いし。あと、OVNI の日本人シェフ紹介で、 //ままごと//という、東駅にあるレストランの、幸治シェフとか、知りました。紹介しきったのか、最近、ただのレストラン紹介になったみたいですが. 最近、我々が気に入ってる、プラムというレストランも OVNIの紹介でした。知らない、フランスの食材紹介とか、いつも大体、おなじところが 人を募集してる求人欄、いわゆる情報誌ですね。
そのOVNIに、マダムミキのシルバーラウンジというコラムがあり、私は、それをこっそり、愛読してるのです。わしゃー、まだ、シルバーじゃないけん。しかし、今、六十一才、パリに流れ着いて、十年目に突入してしまい、このまま、フランソワと何事もなければ、リストとか、DARTYという、フランスのヤマダ電機みたいな家電販売店のオーナー一族の、小屋のようなお墓もある、ペールラシェーズ(要するに青山墓地)で、火葬にしてもらって、できれば、大西洋に散骨してもらう手筈なんです。東京の父母の墓には、入らん。戒名代で、百万かかる。馬鹿馬鹿しい。
 マダムミキは、パリに、フランスに長年住む、日本人のお年寄りにインタビューして、彼らの人生をザっと紹介。他人の人生、職業は、おもしろいのと、大体の方が、フランス人と結婚、離婚等、されてるので、興味津々です。我々は、私のお舅さん、お姑さん、及び私の東京の両親は、もう亡くなっているので、フランスの日本人の方のお話を、老後のこととか、すごく知りたいのです。
 それで、今日、電車の中で読んだ、四月一日号第849号のシルバーラウンジ、
***********出ました。**************
Sさん、七十五才、ゲイ。 私の知ってる方では、ありません。二十四才の時に渡仏し、建築士みたい。年金での悠々生活とお見受けしましたが、パーキンソン病の治療をなさってるとのこと。私も、二月に左耳奥のシュワノムに、ガンマ線照射したし、先週、また、歯茎が腫れて、二十年前の銀冠かぶした奥歯の中が、腐ってて、また、ぬかなくちゃならんそうで。まったく、他人事ならず。が、Sさんは、今、,アルジェリア人青年と暮らしてる。えええ、その青年は、一体いくつなのか、、年の差いくつあるの、、、、、肝心の事が、書いてない。勿論、写真もない。過去には、エアフラのピロットとか、銀行員とかつきあったけど、エイズで亡くなった方がおおいそうです。英語だとパイロットですが、フランス語は、ピロット、可笑しい。あと、弁護士は、フランス語で、アボカ。おみゃー、ワッカモレかっていいたくなる。が、一回り上の方達は、エイズの猛威の真ただなかだったんですね。
いつもは、金曜日、朝の、電車の中で、他の、いい男の顔をきょろきょろしてるのですが、今朝は、この記事に没頭。
/////////////
すみません、話が、とんで、ストラスブルグのホテルで、チャンネルザッピングしてて、スペインの TVEという放送の CENTRO HOPITALとかいう 病院医者 緊急治療室みたいな番組の 医者、顔、堀が深くて、がっちりで、この人、絶対、ゲイか、ゲイファン一杯いそうな俳優さんをみつけました。 パリにかえってきて、うちのテレビで、やっと、 チャンネル 433で TVEを 見つけた。もう、執念の賜物。

復活祭の御馳走、アルザス、ストラスブルグ

これ、なんだと思いますか?
そう、ウナギ、アンギーユです。四月二日月曜日は、復活祭の祭日なので、土、日、月の三連休だった、フランス。連れ合いのお母さんの出身地ストラスブルグに行き、コルボー(カラス)というホテルに泊まりました。このホテルにとまるのは、私は、三回目です。この十何年、毎年、大体、復活祭には、ストラスブルグにきてるような気がします。よくわからないけど、復活祭には、皆、魚を主に、たべるみたい。が、毎週木曜日の、イエス様の命日には、クリスチアンの人は、魚だそうです。月曜日にお昼に、カーマいつエルという、ストラスブルグの大聖堂前にある、アルザスの伝統家屋のレストランで、お昼した時に、周り、大体、鮭のシュークルートとか、焼き魚とか、食べていました。私も、鮭のシュークルートと頼み、おししかった。ソーセイジの肉のシュークルートは、勿論、本場ですが、なんせ、量が多くて。シュークルートとは、ドイツでいう、ザワークラフト、発酵酢キャベツのことです。フランソワがいうには、シュークルートは、日本のおでんみたいなものじゃないかといいますが、???。家でも、時たま、出来合いを買ってきで、全部一緒にあたためるけど、アルザスの人は、ソーセージも種類別に茹でて、シュークルート、キャベツも、別で、白ワインをいれて、と凝る。仮にも、全部一緒になんて、言えない。
さて、写真のうなぎは、1741という名の一つ星レストランで、食べました。甘くはないけど、ウナギの味、山椒は、かかってないけど、ok。メインは、私は、カイユ、うずら、相方は、アニョー、子羊。
DSCN0223.jpgDSCN0224.jpg
左が、ウズラで、右が子羊です。私のうずらは、まあまあで、なんか、ウズラの野性味、焼き鳥の香ばしさとかなかったような気がしないでも。。。。家でも、ごくたまに、オーブンで、焼くほうが、カリカリした、モモを手で、食べて、小さな骨をぺっと出す美味しさ。うずらは、年中売っている、大体、一羽、五百円弱で、一人二羽見当。子羊は、おいしかったといってました。フランソワの従兄は、オマール、伊勢海老を食べてた。この日は、最初に、シャンペンでなく、アルザスの少し甘い白を食前酒で一本、次に、アルザスの赤で、六人で、しかし、主に、フランソワと私が、がぶがぶのみました。というのも、ニ十分前に着いてしまって、ワインを選んで、きょうは、フランソワ払いで、ワイン二本で、七万超えたので、つい、値段が頭にあると、無意識にグラスに手が伸びる。他の人は、あまりのまないし。
DSCN0217.jpgDSCN0218.jpg
次に、左が魚のホワイトシチューのパイ包みで、右が、パイクというお魚です。場所は、伝統的な、アルザス、ブラッセリ‐で、この日は、伯父さんのご招待。私は、右のパイクという魚をたべた。伯父さんが、アルザスの白を取った。アントレは、何を食べたのか、忘れました。雰囲気も、ブラッセリ‐なので、リラックスだし、わいわいがやがやです。お料理自体は、全部、しっかりした、おいしいお料理。
何故かは、しらないんですが、大きなブラッセリ‐は、生牡蠣を出す。ストラスブルグは、内陸なので、ちょっと怖いけど、この店でも、店頭に数種類の生牡蠣が飾ってました。飾りでなく、ありました。ここが、土曜日のお昼。土曜日の夜は、別の従妹夫婦とアッシュという、ステーキレストラン。お料理は、普通で、流行ってる店。三連休の初日の土曜日夜なので、夜、三回転するそうで、われわれは、七時半から、十時までのテーブルでした。この店は、少し前に紹介した、J'aiJ'ai 2 amours。という、テレビドラマ、バイのお医者が、肉屋のゲイと レストランやってる女性の二人をかけ持つコメディーの、そのレストランなんです。ストラスブルグが舞台で、フランソワがすぐ気が付いた。ここは、四人で、食べて、飲んで、一人四千円でした。が、ここは、若い人向きですね。
金曜夜から、月曜昼まで、ストラスブルグで、食って飲んで、食って飲んで、したけど、ほとんど、私は、魚にしたので、七十五キロ、キープしたぜ。〇。



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村岡 秀俊

Author:村岡 秀俊
のどが少し痛いけど、そんなのふっとばして、生きてゆこう

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