隣人とのこと


この写真は、お隣さんでは、ありませんし、勿論 わたくしでもありましぇん。客寄せですが、私が描いたの。見てね。
さて、阿部さんが、どうも、平昌オリンピックの開会式に行くみたいなので、申し上げたいことが。
阿部さんは、もともと、腸が弱いから、朝昼晩、キムチを食べちゃダメですよと申し上げたい。私は、今年の年始、六日間、ソウルに遊びに行き、一日二回は、キムチを食べたと思う。朝、ホテルのビュッフェで、たくさんいろいろ並んでる朝食で、つい、おかゆと焼き肉一切れについ、キムチと韓国のりに手がでてしまった。お昼、ロッテデパートの食堂階の回転ずしで、キムチの皿が回ってたが、これは、さすがにパス。けど、夜、石焼ビビンバ頼むと、キムチは、自動的にすぐでてきた。てな具合で、帰ってきて、食事を元に戻したのに、ニ、三日、大きいほうが、すごく匂った。旅の疲れもあるでしょうが、大腸菌の腸内バランスが、崩れて、キムチ菌がのさばってたんでしょうね、きっと。 阿部さんは、どこに泊まるのかな、新羅かウエスティンチョウスンのどちらかだと思う。
韓国訪問で、阿部さんなら、うまくやるはずだ。仮に、話がうまくいかなくても、だめもとです。
韓国の人達の感情を和らげて、この慰安婦問題の負の連鎖を断ち切ってほしい。この問題を、次世代に持ち込むことは、避けたい。我々は、既にもう戦争を知らない世代です。が、伯父二人のうち,一人は、シベリア抑留四年後、帰還しましたが、結局、白血病で、六十でなくなり、もう片方は、硫黄島玉砕。先週、水曜日、こちらパリで、渡辺謙主演の硫黄島からの手紙を 七チャンネルで、放送してたので、つい少し、見てしまった。全部は、吸い込まれてしまいそうで、見なかった。この抑留の方の伯父から直接、戦争の話は、聞けなかった。が、雑誌とかで、いろいろ、すこしずつ、情報が蓄積されている。玉砕の伯父に対しての国からの、年わずかな補償金は、まだ、つずいてる。よって、負けたほうの戦争責任について、少しは、考えられる。後、広島長崎は、焼け野原で、沖縄戦は, 悲惨きまわりなく、戦後直後の日本の惨状はもうきりない。勿論、日本は、朝鮮半島と台湾を巻き込んで、敗戦したわけですが、なんで、戦後の賠償時にかたをつけられず、この問題をずるずるひっぱられたのでしょうかね。後、日本がここまでになったのは、朝鮮戦争の特需があったからともいわれてます。その、恨みもあるのかな。まあ、今更、言ってもらちが明かないし、先方が耳を貸してくれるわけないか。グダグダ言ってもしょんなか。阿部さんを応援します。うまくいかなくても、だめもと。二十年前、ソウルの梨泰院のゲイサウナで、地元の子が、お互い出し終わったら、コーラを一本、日本人の私におごってくれた。びっくりしたけど、いただきました.いいやつもいるじゃん。私は、接待に弱いんです。
一にも、二にも、北がポッシャったら、韓国にとって頼れるのは、わが国だけだということを強調してもらいたい。中国は、現に社会主義国で、北の後ろ盾だし、ロシアは、北が崩壊したら、朝鮮半島に侵攻してくるかもしれない.クリミアを乗っ取ったように。アメリカは、軍事面では、強力だけど、かかった費用は、絶対、韓国に莫大な請求をするな、トランプ大統領のことだから。
我々は、北がポッシャっても、さほど困らないし、うまくいけば、拉致された日本人を取り戻せるかもしれない。
ベルリンの壁が、崩れたとき、西ドイツは、東ドイツを、さほど問題なく吸収した。西ドイツには、産業構造上、十ニ分な余裕があったから。現に、今だに労働力が足りず、質のいい難民を引き取ってる。翻って、韓国だけで、北を吸収するのは、無理がある。旧東ドイツに比べ物のないほど、北の生産設備、インフラは、貧弱だろうと推測する。そこで、わが国の登場です。中国とロシアには、手を出させない。北に、新幹線から、何から何まで、作ってしまう。超大型豪華ゲイサウナも作っちゃう。大型でなくてもいいかな。松の木の香のサウナは、必須。垢すりギャルソンも、見栄えのいいのをそろえる。私と連れ合いは、フリーパスを頂戴する。
さて、日本は、太平洋戦争で、無条件降伏した敗戦国です。UNCONDITIONAL SURRENDER じゃ。賠償をしてきた。
沖縄戦という写真集を見ると、旧日本軍上級将校は、極東裁判だけでなく、各地の裁判で、即銃殺刑に処せられている。
この負の問題について、ここ数年来、新聞報道を見てきましたが、いくら謝っても、ダメ、誠意を示せというから、お金で解決しようとしても、ダメ、向こうの担当大臣は、日本の拠出金を国庫に入れるといってる。もう、相当な意固地になってるだね。
あと、ゲイの我々は、振った振られた、切った貼ったとか、いろいろ、普通の人より、体験豊富で、多少、人の機微に通じて、尚且つ、きらいなタイプは、絶対ダメと非情なところもあるけど断り方旨いから、こういう、意固地な人を和らげる役に向いてるかもしんないと思うんですが。
私の弱点は、短気で、根気強くないけど、随行員でソウルにまた、行ってもいいな。新羅ホテルのスイートルームでお願いします。
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楽しい冬のソルデ

今日も、スーパー モノプリで、つい、ソルデなので、色落ちジーンズ 元の値段40ユーロの七割引きで、十二ユーロ、をつい、かごに入れてしまいました。五割引は、よくやってるのですが、割引商品の多さとか、七割引きは、やはり、冬と夏の二回のソルデでしか、お目にかかれません。冬と夏の大ソルデは、最初、最大五割引がでて、一週間後位に、第二弾、七割引きになって、最終、八割引きになって、あと、ごみが残る。が、初日で、めぼしいもの、一番よく出るサイズのものは、大体、ほぼなくなる。一応、お店側は、ソルデ商品の補充は、できないことになってます。ギャラリーラファイエット、ボンマルシェ、モノプリ、この三店は、私の御用達店です。この三店は、ソルデにソルデ用に作った商品でなく、普段売り場で売ってる商品、私が思うに、値の張る洋服とか、靴は、返品ものを、バーンと一万円均一とかで、だしている。と思う。しかし、第三弾ともなると、もう 皆がいじくりまわした、しわくちゃのものしか ない。それでも、去年の夏のソルデの最後に、最後まで残っていたジバンシーのデッキシューズは、めっけもので買ってから、ずーっと夏中気に入って履いてました。定価の五分の一ぐらい。今日は、自分の夏用漂白ジーンズを買っちゃったので、連れ合いには、ブリーフ一枚、十三ユーロの、半額六.五ユーロで、口止め料。
初日の一月十日に、靴二足。そして、シーツを買いに行って、ついでに、コートとジャケットを買うてしまいました。DSCN0082.jpg
私は、自己弁護すると、別にショッピング中毒でもないし、おしゃれでもないし、ただ、いいものを安く買いたいだけです。おしゃれでもないけど、自分をよく見せたいのと、ブランド商品、大好き。ソルデ、大好き。八割引き、大大大好きーーー。八割引きなんて、タダ同然じゃん、と思ってしまう。安物買いの銭失いとは、良く言ったもので、安物は、お洋服は、形が崩れるし、何といっても、すぐあきちゃう。着てて、履いてて、楽しくない。ということで、ソルデ期間中は、直感を大事にして、いいなと思ったら、値段を見て、五割引以上であれば、即買う。なーのーでー、去年ぐらいから、買ったはいいものの、着ないものとか、はかない靴が、ちょろちょろ、目につくようになってきました。それを連れ合い殿は、めざとくみつけて、サイズがあえば、彼が着ちゃう、履いちゃう。勿論、彼から、家にお金はないんだあから、衝動買い禁止令とのお小言は、毎回ですが、私は、馬耳東風。それと、所詮、私が衝動買いするのは、大体一点一万円です。ダイヤモンドを買う訳じゃなく、特に靴は、消耗品。連れ合いは、一足、最低三十年は履くみたい。彼は、この前、韓国に行ったとき、TODDSというイタリア製のコインローファーを 「これ、もう四十年はいたから、もういいや」といって、旅館のごみ箱に捨ててきました。物持ちがよすぎちゃって、ついてけない。彼は、歩くときも、靴のかかとが減らないように歩いてるとしか、思えない。が、事実は、churchというイギリス製のビジネスシューズの靴底のつま先部分とかかとの縁部分に大は、蹄鉄をいれてるんです。秘密をばらしちゃった。一方、私は、気に入った靴ばかり履くので、消耗早く、一足、三年持つか持たないか。普段四、五万円のものが、ソルデで九十ゆーろ、一万円で買えるんだから、買うしかない。ただ、問題がひとつあって、私は、幅広27EEEなんだけど、こちらの人は、幅狭、縦長なので、幅合わせると、写真の靴の如く、えらい縦長の靴になってしまう。以前は、里帰りした時、八重洲のリーガルシューズの安売り店に行ったりしてたんですけど、もう面倒で、こちらで、幅せまを我慢して、履いてる。そのうち、足に靴がなじんでくるかなあ、と。いや、靴がだんだん足になじんでくるかなあ、と。どっちでも、いっしょか。 で、いま、写真の靴を試着したんですが、でかい。なんか、靴が歩いてるって感じがしないでもないにゃ。折角買ったのに、どうも、なんか、履きそうもない、予感。(ちなみにこの写真の靴サイズ44、28.3cmひえー、 いつもは、43の27.6cm、、それでも でかい、因みに、私は身長177cmです。) やだやだ。
実測、定規をあてると、二十五センチなのに。
さて、ソルデで、必ず、買うものは、シーツ、枕カバー です。ロンドン時代より、買い足して来ました。ハロッズのシーツ、エジプシャンコットン物は、最高級品で、ぱりぱりとしていて、私は、好きです。フランス、イタリーのシーツは、薄手で、シルクのような感触をこちらの人は、主婦は、好むんですかね。結構、在庫貯まったので、我らの目の黒いうちは、もう買い足さなくて、いいみたい。シーツ、タオル等のリネン類、自前の在庫にするのに、十五年かかったということか、すこし おおげさですが。ここで、嫁姑の確執を書こうとおもってたのですが、特段、シーツ戦争は、なかった。嫁は、私、お姑さんは、フランソワのお母さん。彼女は、もう亡くなって、三年にもなるし。    あと、今思うと、ハロッズの年二回のソルデも、結構、すごいものがあったなあ。シーツ売り場と、食器売り場。ウエッジウッドとか、有名ブランドの食器を山積して、ちょっとでも触れ様なら、ガラガラガッチャンと崩れ落ちそうにしてた売り場。
何か、お買い物したみたいで、疲れた。

ソウルから帰国 まとめ


王宮、昌徳宮前。
ソウルへは、我々、別々に四回か、来ておりましたが、五つの王宮訪問は、お互い、初めてでした。私の前回は、十八年前で、あの時のソウルの物価は、何でも、東京の半分でした。まだ、仁寺洞の、あるいは、鍾路の道端で、ミノムシみたいな蒸したものを道端で、売ってた。そんな昔の光景は、今回すっかりなくなってた。あの当時は、釜山からソウルへの特急電車の車内販売の売子さんが、全員おじさんだったので、びっくり。石油ショックの時、十二月末、南部の大田かにいて、半分冗談で、私に、地元の人が、助けてくれよーって私に言ってきたのを覚えてます。当時、国際通貨基金が、韓国への融資をしぶってた。今回、ソウルの物価は、あるものは、東京 パリの三分の二で、地下鉄の料金は、千二百五十ウォンだから、百二十五円、パリの回数券とほぼ一緒。東京の地下鉄の初乗りと一緒か。ソウルの大衆食堂は、未だに安い、おいしい。勿論、日本人旅行者グループに写真の昌徳宮でみかけました。慰安婦問題で、日本からの観光客は、大分減っているそうですが、中国からの観光客も、中国政府の締め付けで、減っているらしい。東京で創業した、ロッテが、中国が反対するミサイル用地を提供したから、ロッテは、中国事業で、苦戦、撤退してるそう。ソウルのロッテデパートで、回転ずしたべて、地下で、お茶を買いました。東京駅の大丸とかと、なんらかわりないと思いました。
今回の旅の発見は、昌徳宮と昌慶宮は、倭乱(文禄慶長の役)で焼失したと案内板にさらっと書いてある。文禄慶長の役って、まさかと思うくらい、豊臣秀吉の朝鮮出兵じゃないですか。多分、加藤清正と黒田長政あたりが、燃やしてしまったのかなあ。このあたりから、韓国の人の日本人にたいする恨みは、もうはじまっていたのですね、絶対。文禄慶長の役は、十五万の秀吉軍が、朝鮮と明の二十七万の連合軍と戦った、地球上の十六世紀最大の戦だそうです。秀吉の天下取りと関ケ原の戦いは、日本歴史のハイライトだと思いますが、その中間に位置するこの秀吉の朝鮮出兵も、おもしろそうです。朝鮮征伐大評定の図には、石田三成、前田利家、家康、小西行長、島津義弘、藤堂高虎らの、豊臣政権を支えた大名が、全部顔をそろえている。詳しく調べようとしたら、なんせ、wiki資料五十ページ以上もあるので、やーめた。この評定に私もでたかったなあ。慶長小判らしきものが、評定の間に山盛りになっているので。秀吉軍は、五百年前、福岡から、船で、プサンに渡った。我々は、秀吉軍から、五百年後、空飛ぶ船で、福岡から、仁川空港へ降り立たちました。
京都に豊国神社という秀吉を祀った神社があり、傍に耳塚があります。なんじゃ、それって? 昔、京都に来た韓国の若者から、ききました。文禄慶長の役で、戦った相手の朝鮮、明の武将兵隊の耳鼻を切り取って、壺に塩ずけにして、持って帰って来たものの塚だそうです。その時、彼は、ソウルからわざわざ、この耳塚をみるために、京都に来たそうでした。うっ。
さて、ソウル最大の王宮、景福宮は、文禄慶長の役と満州王朝(後金と清朝)の攻め入りで、焼失し、再建するも、日本の朝鮮総督府庁舎が建設されてしまった。ここに、私の祖父、じいさんは、勤めてたんですね。隣の人に家を焼かれ、庭にビルを建てられてしまった。朝鮮出兵は、豊臣秀吉の失敗だと思うけど、西郷さん(西郷隆盛)も征韓論を唱えて、時期尚早ということで、城山で自刃しましたが、結局、日本は、日清、日露戦争に勝利した勢いがあったので、李氏朝鮮を滅ぼして、大韓帝国を併合してしまった。1910年なので、百十八年前か。タイムトラベル少年になりたい自分であります。慶長小判二包み、頂戴したーーい。
韓国経済は、どうも いびつな形みたいです。財閥トップのサムソンが、韓国経済の二割強を稼いでいる。一強に頼るのは、大危険。大企業群がある日本に、韓国のひとは、憧れと嫉妬をいだいちょるんだとおもう。どうも、嫉妬のほうが強いみたい。嫉妬と憧れと恨みがごちゃまぜになってる。漢江の奇跡といわれた韓国経済の発展は、朴(父)政権に当時で、四千億円の日本からの賠償が、元になったと言われているし、この賠償で、日本に対する、戦後の補償請求権は、終わってるはず。新たに、朴(娘)政権とまた、十億円の賠償をとりきめている。なので、ソウルの日本大使館前の少女像、プサンの領事館前、カリフォルニア、グレンデール市の少女像等、これらは、何としても取り除かなくては、取り除いてもらわねばなりません。
それと、朝鮮、ベトナム、琉球王国等は、長い長い間、明、清の柵封国(朝貢)であったので、民衆、農民は、搾取され、悲惨であった。
新大統領は、北京詣でをしました。明、清、或いは、それ以前から、中国大陸、朝鮮半島、日本の、極東の勢力構図、あまり、変わってないような気がしないでもない。 
北朝鮮と韓国は、東西ドイツが統一されたあと、唯一残っている分断国家です。近々、統一するとき、統合がうまくいくよう、最大限の無償の手助けをしなくちゃ。我々、隣人が嫌いだと言って、戦争は、できるが、引っ越しは、できない。戦争は、結局、双方に恨みしか残らない。金で済むなら、安いもんだし、金は、所詮、天下の回り物じゃ。
漁夫の利を得るというアイデア、どうでしょうか。チャンスだ。

ソウルの最後の夜、フレンチの夕食

ミシュラン ガイドブック ソウル版で、ミシュラン一つ星 DINING IN SPACE 。 アラリオ美術館の五階にあり、フランソワによると、この美術館は、現代美術で、世界的に有名だそうです。わしゃ、知らんかった。隣がヒュンダイの本社だから、なんか、関係あるのかもしれません。サムスンは、サムスン美術館があるので、当然 ヒュンダイも何か、美術館があるはずじゃ、と私は、思った。反対側は、昌徳宮なので、レストランから緑の中の昌徳宮が、みえて、眺めは、昼は、素晴らしい。が、夜は、真っ暗、ガラス張りのビルじゃ。
夜の、六時に予約してました。デギスタシオン 1 コースのみ。十五万ウォン。一万五千円。ソムリエが料理に合わせて選んだワインコースは、十万ウォン=一万円。デギスタシオンとは、シェフ自慢の料理の一皿の量を少なめにして、皿数沢山取る、欲張りセットメニュウ。ギャルソンにメニュウみせられ、一コースのみと言われたけど、デギスタシオンと書いてないから、ぴんとこず。メニューには、十いくつもの料理名が、書いてあった。 アントレ、メイン、デセールから、選ぶアラカルト メニューでなく、選ぶも何もない、お品書きでした。髭の外人ギャルソンは、あとで、フランソワが聞いて、フランス人と判明したけど、新人で、全然、役に立たん。おじさんギャルソンが、責任者だったんですが、全く失礼ながら、どう見ても、一つ星の店のギャルソンには、見えなかったので、彼の言うことを、聞き流しちゃった。フレンチレストランにおいて、ギャルソンは、ただ、料理を出すだけじゃなく、これはと思った客には、二言、三言、五言、話がはずめば、常連になってくれるかもしれず、チップももらえるし、。それと、例えば、モンパルナスのクーポールとか、バステイーユのボーフィンガーという二大ブラッセリ‐の客席案内マネージャーは、笑顔美しく、ほれぼれするギャルソン達なので、彼らも御馳走の一部なので、そうです、ギャルソンもご馳走の一部じゃ。ごめんなさい、 DINING IN SPACEN の おじさんギャルソン、あなたのサービスも控えめで、とてもよかった。 振り返れば、我々、フランス人と日本人のおじさんふたりで、ジャケットにネクタイで現れれば、そりゃ、お店の人は、少し引くわな。ビジネス、接待にみえなくもない、とおもうんだけど。だめかしら?お仕着せワインだと、色々混ざるのが、好きじゃないと、フランソワが、赤一本とりました。 印象に残ったお皿は、タコの海苔ソース。たこと海苔とが、不思議と前後のお皿ともあってた。あとは、地元の素材を使った純然たるフレンチキュイジン。私としては、もっとこのおじさんギャルソンと、できれば、シェフとお話したかったんですが、結局、十二卓?が、徐々に満席になり、皿数が多いので、サービスも厨房もてんてこ舞いみたいでした。   内緒ですが、お会計 締めて六十二万ウォン。
ソウル二日目の ホテルのイタリアンでは、もっと、、、、やめとこう、わたくし、いつもワインの値段を誰彼構わずダイレクトに聞くので、顰蹙かってるので。 ここは、全部、おいしかった、ご馳走様でした。フランソワも御満足のようでした。  二十時、退出。

まだ 夜の八時だぜ。ソウル最後、今回のバカンス最後の夜、ふふゃふゃはは、、、ゲイバーに繰り出すじゃ。スパルタカスで、ちゃんと下調べしてあるのじゃ。いまいる安国から、たった一駅の鍾路三街の八番出口、道わたって、すぐ目の前、BARCODEという店。フランソワは、バー好きじゃない。お酒だって、男の子だって、大好きなのに、酒場は、嫌いみたい。が、おいしいもの食べて、気分良いので、こういうときは、いやだと言わない。長年一緒にいれば、これくらいは、わかる。一杯だけといってあるし。地下鉄のカードは、残額あまってるし、行くしかない。
早すぎるのか、定休日? 開いてない。スパルタカスには、夜七時から、無休とあるのに。一体どうなっちょるのか、全く。ぷんぷん


九州ソウル 十二日間 年始年末の旅中のお夕食


上の写真は、前にご紹介したごとく、ソウル 昌徳宮、奥の 秘苑 通称 SEACRET GARDEN の芙蓉亭です。
さて、年始年末に、知らない土地か外国で、夕食を取るとき、私は、できるだけ、事前予約することにしてます。高くつくけど、おいしいものを食べたいのと、まずいものは、くいたくない。居酒屋で、軽く飲みながら、というてもありますが、福岡駅前で うろうろ探すわけには、いかない。長旅で、疲れているし、最後の忘年会日だろうし。 で、到着した、十二月二十五日は、泊まった 福岡日航ホテル内の 和食 弁慶、七千円コース。事前予約は、コースを取らなくてはいけないそうで 仕方なく。パリにも、日航ホテルはなくなったものの、弁慶は、まだ あると思う。サルコジ前前大統領も行ったらしい。私は、パリの行った弁慶は、ことないけど。七千円コースは、勿論、よかった。九州の焼酎の説明書きに 山廃という文字がでてくるので、年配の中居さんに意味をきいたら、焼酎のある製造工程をすっとばすということを、山廃というんだそうです、と、思い出してくれた。 焼酎の高いのと、安いのは、いまだにどうも わかんない。私には、薩摩白波で十分だな。私は、鹿児島市内の小学校に通ったので、隣が、坊津酒造かの芋焼酎工場があり、風向きによって、焼き芋の臭いが漂ってきた。そうなんです、焼き芋、石焼き芋なんです。ソウルでも、繁華街明洞の道端の小屋で、石焼き芋を売ってた。若い女の子が、店番で、ちょっとかわいそうだと思いました。うちの母親も焼き芋、好きだったなあ。なんで、女の人って、焼き芋すきなんじゃろか?私は、まったく甘いだけでおいしいとは、思わなんだが。
九州旅のガイドブックに載ってた、博多名物、有名鍋のお店は、二軒とも、年末なんて、予約とれませんでした。夜、食べるところがないと、我々、機嫌悪くなり、お互いの責任なすりつけあいになるので、弁慶さんにパリからわざわざ予約電話したのでした。
十二月二十六日のお昼から、二十九日の昼までは、トレインクルーズで、至れり尽くせりのお食事で、こうなると、かえって、書くことが、ないのは、不思議です。自分で、探して、おいしいものに当たったことは、よく覚えてますが、、、。 それと、おいしいものの間に、ラーメンとか、うどんとか、がはいらない。メリハリがにゃー。 ぜいたくなことを言ってる私です。
十二月三十日、お昼は、大韓航空、福岡ーソウルの機内で、お蕎麦を食べました。そして、夜は、ミシュラン ソウル版から、仁寺洞のBALWOO GONGYANG 鉢盂供養 という名の 精進料理のお店をパリから電話予約して、七千五百円のコースをたべました。私が予約したので、日本語の達者なおばさんが、お料理の説明をしてくれました。隣は、シンガポールからのカップルだったので、お店のおじさんが、英語で、料理の説明をしてました。お店の真ん前にある、曽渓寺、曽渓宗の精進料理だそうです。キムチもすこしでてきましたが、蓮の葉でくるんだ、もち米と銀杏のご飯が、上品で、おいしかった。ミシュラン一つ星だけある。帰り際、おばさん、大手を振って、さよならしてくれたので、また、行きたい。
三十一日大晦日は、フランソワが、泊まったホテルのイタリアンを予約してたので、ジャケットにネクタイ締めて、二人で、突撃しましたが、やはり、まわりのテーブルは、若いロマンチックカップルばっか。おっさん二人は、大分浮きました。が、お店がひろいので、なんとか、埋没したのと、フランソワが、いつもの如く、ワインを奮発した。
大散財、旅行から帰ってきて、フランソワが言うに、ソウルのワインは、高かったなあ、だって。
一日、元日は、JIHWAJAという韓国宮廷料理の店を私が予約。ホテルのドアマンにハングル語で、店の名前と住所を書いてもらって、タクシーに乗り込みました。このドアマンは、ホテルの制服コートを着て、玄関の外で、タクシーの差配してくれるんだけど、コートに、黒い襟毛皮がついてて、立派、かっこいい。顔は、かわいいし、背が高い。ホテルの顔なのと、カナダ系の五つ星だし、英語、日本語しゃべるし、勿論、チップはずみました。なでなでしたかったんだけど、、、、ヒヒ爺になるのは、やめときました。
で、そのお店にはいりました。 誰もいないし、誰も出てこない。変。大分経って、横柄なおじさんが、厨房でボヤがあったので、今日は、もうサービスできない。煙、におわないのか?とのたまうので、じゃあと、一旦、ホテルにもどることにしました。また、とうりかかりのタクシーにのりこんだら、店のマネージャーらしき人が、お詫びと水曜日は、夜あいてるので、どうでしょうかと いってきたけど、もう遅いやね、別の所を予約済みだからといって、ばいばい。結局、ホテルのメインダイニングのバイキングにいきました。何でもあるブッフェバイキングで、元旦なので、シャンペン一杯サービス。刺身、寿司、カニ、エビ、ハム、チーズ、ビビンバ、シュウマイ等の点心、天ぷら、オマールの鬼殻焼き、焼き肉、デザートコーナー。どれもこれも、一流の素材使って、おいしい。おいしい、けど、けどね、ワタシャ、韓国の若い男の子が食べたいんじゃ、とは、言えなかったけど。
一月二日は、到着日に、既にこのメインダイニングビュッフェを既に予約してたので、また ここで、お夕飯しました。私の前のテーブルに、二十二位のガッチリイケメンが、お父さんお母さん弟と食事にきてたので、彼にみとれてました。彼のお父さんは、オマールの鬼殻焼を、少なくとも、三回は、おかわりしてた。オマール、伊勢海老が、ここの売りなのか、韓国の人は、特にお正月に伊勢海老をたべるのか、両方かもしれませんね。ビュッフェは、私は、もともと欲張りなので、ついたべすぎるので、フランソワが、もうやめといたほうがいいよといっても、ケーキを三つと抹茶アイスクリームを食べてしまいました。目の前で、やいてくれた子羊が、おいしかったのと、まぐろ刺身は、黄マグロの中トロかな、もしかしたら、本マグロだったかもね。

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九州ソウル 十二日間 ソウルの大娯楽サウナ編 


宗廟という、李氏朝鮮の王様王妃様の霊殿の並びを横から撮った写真です。
ソウルに滞在した十二月三十日から一月五日まで、着いた日の夕方 小雨がふったのを除いて、毎日、晴れでした。毎朝、十八階のホテルの部屋か、二十四階の朝食階から、ビルの谷間から上がる オレンジ色の朝日を楽しみました。太陽をみると、元気になる。因みに、パリでは、パンテオンの後ろ辺りから上がる朝日をリュクサンブール公園西門あたりから 見ます。朝一、公園には、ジョギングの人と公園を突っ切る人しかいないので、爽快です。
お天気には、恵まれたものの、気温は、朝、マイナス2度とか マイナス五度とかなので、ズボン下(英語では、ロングジョン)必須。けれど、パンツにズボン下はいて、ズボン履くと もっさりして、動きにくいので、私もフランソワも嫌いなんです。で、サウナで、韓国の若者の着替えを見てた、フランソワが、新発見。パンツをはかないで、ズボン下とズボンをはく若者を見た。我々も即、まねた。これだけ気温がマイナスだと、サウナが恋しいというか、痩せるためじゃなく、日常に必須です。
まず、着いた次の日、大みそかは、ホテルのサウナに行きました。ルームチャージに含まれていて、タダ、というか、別途支払いは、なし。設備は、豪華です。プールとジムもあった。 大きなサウナ、ミストルーム、ジャクジ、フロ、シャワーブースは、二十ぐらい、グルーミングに、リラックス ラウンジになんと ナっピング お昼寝ブースも 三つか四つあって、いたれりつくせり。アメニティもパーフェクト。
引き出しにドライヤーと資生堂のヘアクリームとおぼしきものが置いてあったんですが、ハングル語なので、不明。勿論、ヘアトニック、ヘアリキッド、ヘアスプレーは、鏡の前にある。なんだったんでしょうかね。昔昔、ニューヨークの雑貨屋で、ヘアチックと思って、買って、一生けん命、頭につけてた。大分経って、何の気なしに、表示を辞書でみたら、腋の臭いけし、(anti-perspiront) .
参った。だから、私は、頭が禿げだしたのかもね。ここは、外部からの利用者の入会金、高いはず。ただ、問題は、人がいない。まあ、ゲイサウナじゃあないんだからして、人が、いないなどと、言っては、罰があたるけど、ポツン ポツンとしか 人が来ない。我々が、入った時に、帰り際かという、更衣室に背の高い外人のおじさんと、真っ白だけど、顔すごく整った韓国の若者がいた。顔は、すごくいいんですが、お腹から下が、肥満児、もったいない。ジムできたえれば、お腹から下のお肉をそげば、完璧にもてるよー。
で、我々、シャワーして、サウナへはいったら、さっきの背の高いスリムな外人のおじさんが、右足たてひざついて、座ってた。ふむふむ、ちょっと怪しげな雰囲気じゃ、フランソワに気があるんか? はたまた、わてに?ここは、ソウル 外人のおじさんは、オリエンタルのおじさんに気があるはずじゃと 私は、妄想をたくましくしたのでした。が、おふろでも、この人、たちあがって、へりに手をかけてるけど、絶対こちらになにをみせない。絶対、彼の物は、私のせいで大きくなってるはずじゃとおもったんですが、なんせ、フランソワもいるし、スタッフが、ときおり 通るので、なにもしません。あとで、フランソワが、私の物が少し 大きくなってたね と。。。。 みられてしまった。ナっピングルームというか ブースは、真っ暗。ここで、なんかできるなと 思ったんですが、高級なクラブなので、絶対赤外線感知器が天井についててつ、 二つの赤い影 というか、炎がかさなったり、 フェラチオなぞしようものなら、即、 スタッフが、飛んでくるなと。だから、シュワルツェネッガーの 映画みたく、赤外線感知器から逃れるために、泥を全身にぬったくれば いいじゃん。馬鹿。

元日、午前中、宮殿見学で冷え切った我々は、いざ、ソウル地下鉄一号線龍山駅隣、二分の ドラゴンヒルスパへ 突撃。ビル一軒丸ごとサウナ。思ってたほど、高級感は、なし。 地元のひとは、サウナだけの人は、左の行列にならんで、一万四千ウォン(千四百円)払って、シャツパンツとロッカー鍵受け取って、靴ロッカーに靴入れて、ロッカーに進む。外国人は、(あかすり、マッサージする人)は、右で、コースをえらんで、支払い。やり手おばさんが英語で、ちゃっ、ちゃっと、コースを選ばせてくれる。男性スぺシアルコース、一人十一万ウォン(一万一千円)で、あかすり、マッサージ 八十分。よかった。垢がいっぱい出たし、八十分あっという間でした。
一階は、男女共用で、松の木チムジルバン、塩サウナ、ピラミッドサウナ、寝転がる大広場、ゲームセンター、食堂。
二階は、女性専用スパ、三階、女性専用お風呂   四階?   五階 男性ロッカーとお風呂 シャワー ミストサウナ、六階も男性用檜ふろ。更衣室で全部脱いでお風呂にはいる。温度別に大浴槽 三つに水風呂。皆、前は隠さない。見放題。若い人が多い、が、あそこは、全員小粒。外人もちらほらいるけど、やっぱり、小さい。これが、真の人間の姿で、皆がビンビンに起ちまくっている ゲイサウナは、やっぱし、異常事態なんですね、きっと。日本で、銭湯で、温泉で、前をタオルで隠すけど、ここじゃあ、誰も、隠さんのじゃ。私のマッサージの終わるのを待ってたフランソワは、体重計横の特等席のソファに座って、たくさん見たそうです。人が、体重計にのると、丁度フランソワの目の位置に 棒がくるんだそうです。 全く、 

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九州とソウル 十二日間の旅 その2 ソウルの宮殿 

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この三枚の写真は、ソウルの宗廟 二枚と 上右は、昌徳宮の後苑(通称SEACRET GARDEN)です。両方とも 日本語か、英語のガイドさんと指定時刻に入場しました。入場料は、ソウル市内五か所の宮殿セットで、千円 一万ウォンだから、すごく お得です。
宗廟は、李氏朝鮮の十九代の王様と王妃様の魂を祀る霊廟です。墓所は、また別にあるそうです。未だに、李氏の末裔の方たちが、毎年五月に伝統儀式を開くそうで、この儀式自体も世界文化遺産です。日本の梨本宮家から李氏最後の皇太子にお嫁に行った、万子様もここに祀られているそうです。宗廟は、ほぼオリジナルの建築が残っているそうですが、他の宮殿は、韓国併合後か、何と秀吉の朝鮮出兵で、焼かれたりして、ほぼ、全滅みたい。その辺、各宮殿の説明文には、ハングル、中国語、英語、日本語で、さらっと書いてある。つっこまれると、私は、困るの。私の祖父さんは、朝鮮総督府に勤めて、戦後、福岡に引き揚げてきました。私が、生まれる前に、既に亡くなっているので、記憶には、ない。困るわけじゃないけど、韓国の人は、恨が強いから、余計なことは、なるべく言わん。
宗廟は、行ってよかった。廟の中を見れるわけじゃないけど、ガイドさんの説明から、十分この廟の大事さがわかりました。
あと、宗廟の永寧殿で、芝生のはじっこに、本物の生きてる たぬきが、日向ぼっこしてた。ガイドさんも「あら、珍しい」といってました。
SEACRET GARDEN も見どころ満載で、寒かった。手が凍りました。ホッカイロを握りしめてました。
このブログに写真を三枚載せるのに、初めてなので、二時間、手間取りました。いや、大変。pxも何やら わからんし。
でも、何とか、こうにか、あと、食べ物の写真をたくさん撮ってくりゃよかった、残念。他のお写真は、我らが写ってるので、だーめ。
さて、SEACRET GARDENみたあと、ワンメーターなんですが、歩き疲れたので、タクシーで、地球の歩き方紹介の、ちょそんきんぱぶという、韓国風海苔巻きのお店へ行きました。タクシー 三百円。五百円渡したら、すごく愛想をくずしてくれた。運ちゃんも知らない路地裏で、ナビ入力してくれた。が、国立現代美術館の真裏で、原宿みたいな感じもした場所。ドアを開けたら、目の前で、おばさんが、海苔巻きまいてるし、左には、でかい炊飯器で、ご飯たいてる間をすり抜けて、座敷へあがり、山菜海苔巻きと ワサビ海苔巻きをお願いしました。各四百五十円。そしたら、隣のお姉さんが、日本語で、彼女が食べてる、白い土鍋スープもおいしいわよってはなしかけてくれました。このお店は、地元の人でさえ、知らないお店なのに、どうやって知ったんですかときかれたので、地球の歩き方の紹介ページをみせました。海苔巻きは、長くて、おいしく、フランソワも私もお腹いっぱいになりました。パリのK-マートで買う、一本これも4.5ゆーろ、四百五十円の倍ある量。土鍋スープは、頼まなくて、正解。海苔巻きに、わかめスープがついてきたし。但し、我々、もう畳の上というか、座敷に座っての食事は、もう大変。正座は、できないし、あぐらもきつい。一万ウォンだして、おつりチップにしたら、海苔巻き巻いてる叔母さんも、ありがとう、さよならねーといってくれた。
思い返すと、人様からチップを貰ったのは、なぜか、はっきり、おぼえちょる。学生の時、京王プラザホテルで、アルバイトで、歯ブラシを部屋に届けて、百円、赤坂ミカドという当時デカいキャバレーで、おつまみをテーブルにおいて、五百円札。そう、四十年前、五百円札があったんだ。 私の人生で、チップを貰ったのは、この二回だけ?ややや、キャバレーで ボーイさんもやったんだ、わたくし。このキャバレーで、ジョージ川口という有名ドラマーが、毎晩演奏してて、聞き飽きたのは、おぼえてる。はとバスの夜のコースにもはいってるお店でした。
私は、ソウルは、今回で、四回目で、前回は、もう 十七年前か。フランソワも出張で何回も来ているけど、二人とも、宮殿ははじめてでしたのと、景福宮の敷地内の国立民族博物館が展示内容が、すごくよかったでした。緑茶は、四百五十円で、高かったけど(四千五百ウォン)。
今回の九州ソウルの旅報告、時系列になってなくて、ごめんなさい。
次号は、、今回の旅のハイライト、ソウル地下鉄龍山駅から徒歩三分のドラゴンヒルサウナ訪問記です。ゲイサウナじゃあない、男女共用もあるサウナで、元日にいったので、すごい人でした。   楽しかった。そんなにきれいなサウナじゃないのにフランソワも気に入ったみたい。 うひひ 

九州とソウル 十二日間の旅

あけましておめでとうございます。
昨年十二月二十四日より、九州一周と ソウルの旅 十二日間に行ってまいりましたので、ご報告します。
一年前に、連れ合いが、四泊の九州一周豪華列車の旅に申し込んだら、希望の日時には、はずれたものの、年末分にキャンセルがでたので、どうか?という連絡が入りました。そんな、年末のクリスマス直後で、寒いし、慌ただしいし、クリスマス、年始年末は、ましなホテルを取るのが難しいだろうし、高いし、だめだってきつく言ったのに、連れ合いは、勝手に代金、送金してしまったのでした。いつでもキャンセルできるし、キャンセル手数料は、とられないから、と連れ合いは、いうものの、ほんとかいなと思っている内に、あれよあれよと日は過ぎていき、、、、。勿論、昨年夏には、まず、フライト予約、福岡のホテル予約をしました。
パリ-福岡は、JAL、ANA、KALの三社から、一番安い 大韓航空を予約。大韓航空は、ワンワールド加入で、我々のもってるAFのマイレージカードにもばっちりマイレージ加算で、ソウル乗り継ぎも 二時間でソウル-福岡線に乗り継ぎできました。因みにソウル-福岡は、二時間弱のフライトで、国際線なので、乗ったらすぐ、お食事がでて、免税品の販売もあるし、退屈しませんでした。
わたくしは、もともと、スチュワーデス志望なので、彼女たちの一挙一投足をチェックするので、忙しい。帰り便、福岡-ソウルのお食事は、お昼時で、そばがでて、軽くて、おいしく、ぴったりでした。
列車の旅前後の ホテルは、博多駅前の日航ホテルが、案外すんなりとれました。いままで、成田と高知の日航ホテルに泊まったことはありましたが、そんなにいいとはおもわなかったのですが、博多の日航ホテルは、チェックインの応対、ポ-ターさんの荷物の取り扱い等, 要領よくて、よかった。
なんせ、我々、特大スーツケース 二個に 中サイズが二個、衣装ケースに、バックパック二個あり、大型タクシーだと、特大スーツケースを一個、助手席を少し後ろにずらして、押し込んで、残りトランクに押し込む形か、ジャンボタクシー。福岡空港から日航ホテル間をどうするかが、不安だったのですが、運よく、ワゴンタクシーに当たったので、ラッキーでした。で、メーターは、千六百円。全然、たいした距離なかった。列車の旅終わって、また日航ホテルに一泊して、チェックアウトして、福岡空港に行く際、ポーター君は、タクシーの運転手に スーツケースの山を見せて、
「運転手さん、はいる?」
ときいたら、「うん」とうなずいた。見事 トランクにすべてぴったりおさまったので、我々もびっくりしました。
このポーター君は、細いんだけど、イケメンだったので、昨夜、台秤を借りたとき、わざわざ、部屋まで、もってきてくれたので、チップ
を渡してあったので、丁度よかった。なので、福岡日航ホテルを気に入りました。彼は、帽子をかぶってるので、まさか、帽子取ってとは、いえませんでした。イケメン で、仕事の要領がいい。押しつけがましい所もぜんぜんない。わずかなチップで、にこにこっとしてくれるのは、あげるほうもうれしいもんです。アメリカ、ヨーロッパのホテルだと、チップは、必須だから、少ないチっプには、いちいちにこにこっとはしてくれない。尚且つ、私の連れ合いは、結構けちだから、チップを手渡すタイミングのがしたときは、しかとしちゃうので、最近、やっと、私がチップあげたりするようになったので、私もチップを気持ちよく渡すことに大分 慣れてきました。
パリ-福岡をソウル経由の大韓航空にしたので、じゃあ、帰り、ソウルで、六日間遊んでいこうということになったのでした。
さて、出発日、飛行機の出発は、夜十時、クリスマスイブの前日の二十三日。午後三時ごろ、大韓航空よりの連絡で、ソウル空港強風だか、吹雪のため離着陸できないため、出発遅れ、新たなる出発時間は、二十四日朝八時CDG出発になりました。まあ、早寝して、早朝四時半起きとなり、家で寝れるからいいかとなりました。空港のソファで、寝ないだけ、ましか。電話で、接続便の変更をして、福岡の日航ホテル一泊分をネットで、キャンセルして、たいしたことはなし。
ソウル インチョン空港には、早朝六時ごろ、着き、一時間半、ラウンジで休憩しました。が、仁川空港スケジュールが、乱れてるので、ラウンジほぼ満席で、お客さんみな、疲れ気味の死んでる状態。朝早い、イレギュラー状態でなのか、食べるものもないし、ラウンジの高級感ゼロで、大韓航空のおひざ元ラウンジなのに、なんか難民収容所みたいでした。
十時半には、福岡空港に到着し、ワゴンタクシー 千六百円で、博多、日航ホテル着。
自宅-空港 三時間 + 飛行時間十二時間 +トランジット二時間 +ソウル福岡二時間 +福岡空港着からホテル 一時間として、トータル 二十時間也。お疲れさん。
いつもそうなんですが、長いフライトの後、大きいほうがでなくなるのと、時差ボケ。便秘薬を 二錠のんで、ねて、夜中二時ごろ おきて、何もおきないので、また更に二錠のんだのがまちがいで、翌日朝、朝食を食べたとたん、反対に、止まらなくなってしまい、慌てて、正露丸を買いに走ることに。幸い、博多駅の入り口の薬屋さんが朝あいてて、助かった。スチュワーデスには、ならなくて、成れなくて、正解でした。              続く
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村岡 秀俊

Author:村岡 秀俊
のどが少し痛いけど、そんなのふっとばして、生きてゆこう

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