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紅白歌合戦 考

年末、ソウルに遊びに行くことになりました。北朝鮮情報を得る為に、新聞を見て、自分なりに、二十五日のクリスマスの日と、元旦は、要注意だと思いました。よって、何かあった時に、役立つのは、現金。すこし、多めに用意しました。年末年始なので、夕食分は、レストランに、予約いれました。ハングル語は、ちょぬん、いるぼんさらむ、私は、にほんじんです、後、はんじゃん、ちゅせよ、一枚ください、 あと、けんちゃなよーー、気にしないで、 後、まし いっそよ、おいしい が、言えます。そんだけなので、 英語か、日本語で、直接、お店に電話したら、まあ なんとか 通じたみたいですが、よく わからん。伝統サウナ 汗蒸幕と スーパー銭湯 チムジルバン、たのしみです。ソウルに行くのは、十五年ぶりで、前回は、十五年前かの十二月二十五日に 大田(てじょん)にいて、金大中が、大統領に当選した日でした。スパルタカスで、ゲイバーもチェックしたし。
それで、新聞をみてたら、今年の紅白出場のリストをつい、見てしまいました。
五木ひろし 47回目、石川さゆり 40回目、郷ひろみ 30回目、松田聖子21回目、 坂本冬美29回目、、、、
歌もよく知ってる人は、これぐらい。天童よしみ、氷川きよし、福山雅治、、、勿論、名前は知っちょるが、彼らの歌は、今一、思い出せない。後の人達は、全く、知らん、わからん。平井堅は、名前は、きいてるけど、ちょっといい男だなで、彼の歌は、柱時計のなんたらですかね?
私が、昔見ていた時は、演歌歌手しか、出てなかったようなきがしますで。それと、美川憲一と思いで酒の、んんん 名前が、でてこん、衣装対決。 小林幸子じゃ。
で、郷ひろみが、いまだにでるなんて、不思議なので、ちょっとウイキをのぞいてみました。だって、私が、中学生かのときに、
「僕たち、男の子‐、君達、女の子ー、へい ヘイ ヘイ 一緒に遊ぼ‐」なんて 歌ってたんだから、なんでーーー?
ーーー新御三家の郷ひろみのライバル、西城秀樹は、脳梗塞で、リハビリ中、歌うまい野口五郎だって、もう懐メロ歌手?、なぜ、郷だけが、????
ウイキによると、郷ひろみは、わたしより、一つ上。小学生の時の知能指数が IQ140 だったそう。ほんとかよ。負けず嫌いで、努力家みたい。そこは、わたしと、全然ちゃうな。 私は、すぐあきらめるほうだし、努力は、すきじゃなーーーい. 天性の美貌で一発勝負の、壺振りのお竜なんだす。私の事は、どうでもいいんですが、松田聖子を振って、振られたのか、よくわかりませんが、二谷英明、白川由美夫妻の一人娘と結婚、離婚、その後、結婚二回、離婚二回、また 結婚?ヒット曲もけっこうだして、テレビドラマにも、出て、NYCを行ったり来たりして、NYCマラソン完走して 澁谷のハチ公前で、リッキー マーチンの曲のゲリラライブやって、騒がせて、結局、郷ひろみも松田聖子も スターなんだな。すごい。だって、私と一つ違いで、まだ 現役で歌っているんだから。彼の肉体年齢は、三十五才なんだそうだ。若ずくり、、、、、、私も明日は、少し、気合を入れて 走ろうかな。。。。
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フランス人っていつも何食ってるんだろうシリーズ その3

今日は、十二月二十二日金曜日です。
お昼前に、フランソワとブッシュドノエル(フランスでのクリスマスケーキの定番)の小さなのを買いに マルシェ サンジェルマンの角のミュロという パティスリーへ行きました。昨日とうりがかりに 見ておいた。二人用の小さなのが、十五ユーロ。約千五百円。私は、面倒くさいので、いつも一ユーロ=百円で計算。この換算が、実勢に会っていると思う。一ドルは、これも一ドル=百円、ポンドは、一ポンド百五十円。韓国ウオンは、百円が千ウォン。こうすると、計算、楽です。
今日から、クリスマス、大晦日用に、皆 買いだめに走る。二十五日は、、ノエルで祭日なので、明日から、土、日、月と三連休です。尚且つ、ノエルでご馳走を用意しなくちゃ。明日、土曜日は、普段 共働きの夫婦が、大挙して、モノプリ、グランドエピスリに、開店と同時になだれこむはずです。大きなカートに、バンバン、食料を放り込む。よって、レジは、長蛇のれつで、明日は、特に三十分ぐらい待たされるかも。ばかばかしいので、私は、絶対、金曜日に、週末のお買い物は、済ませるじゃ。
ミュロは、今日から、クリスマス用に応援がはいって、いちいちレジの打ち方、包装の仕方を実地でおそわってるだ。よって、レジには、今日は、厨房から、ミュロの息子が、厨房の白いコックさん衣装ででてきてて、どういうわけか、彼しかいない。よって、十人くらいの列。いつもは、二人、おばさんがいて、パンも買う人は、左、ケーキのみ、お惣菜のみのひとは、右で、お金はらうのに。ミュロのむすこは、レジの打ち方をしらないので、列が動かん。フランソワが、頭に来て、もう買わないで、出ようというので、しかたなく、出ました。ミュロも、ピエールエルメも、注文して、レシートもらって、レジで金払って、レシートに支払い済みの赤いスタンプ貰って、それをまた、ケーキ陳列台に見せて、商品もらうという、ばかげた、前近代的なシステム。一人の売子さんが、全部やらない。尚且つ、ミュロもピエールエルメも店員は、愛想よくない。ケーキは、おいしいのに、誠に、勿体ない。まあ、訳の分からんアジア人のおっさんには、愛想もへったくりもないとは、おもいますが。ミュロの手提げ袋は、ピンク色なので、すぐわかるし、ピエールエルメのふくろは、木の葉みたいな、穴が開いてるので、すぐわかる。で、近くに、ダビンチコードのサンスルピス教会があるので、観光客は、ピエールエルメで、よく、買うみたいですね。
それで、われわれは、ピエールエルメのすぐ近くに出店した、CHRISTOPHE MICHALAKという店で、ノエルおじさんのお帽子という赤い三角帽子のケーキ、二十五ユーロを買って帰りました。小さな帽子なのに高い。何か賞をとったパティシエらしい。きっとおいしいんじゃない?とフランソワがのたもうた。ジャンボンハム、おろしチーズ、卵、ネギのそば粉クレープの後、さっそく ノエルおじさんのお帽子を二つにきろうとしたら、切れない。帽子をひっくり返したら、ケーキでなく、チョコレートでした。まあ、悪くはなかった、表面の赤い部分は、カラメルでした。前にも書いたけど、パリ、チョコレートや、ショコラティエも 多い。東京、ロンドンにチョコレートだけ売っている店、私は、記憶にない。デパ地下には、メリーっていうチョコ屋が入っているくらいじゃなかろうか?しかるに、パリは、チョコレート屋だらけっていっても良いほど。先月は、家に、二週、立て続けに人を招いたら、そのうち、三組が、チョコレートを持ってきてくれた。半端じゃない量、ひと箱、レオニダスが最低、三千円で、ルノートルとパトリックロジャーのは、五千円、八千円する箱、うちら、チョコもらっても、ぜんぜんうれしくにゃい。現金もってきて、とは、いえないわな。なんで、ゲイカップルにわざわざ、高級チョコもってくるんかね。
そして、添付写真を更新いたしました。わたくしの、自画像でございます。私が、鏡見て、描いたんでございます。。。

フランス人って一体いつも何食ってんだろう?その二

先日、相方フランソワの甥っこ一家を呼んで、早めのノエルの御馳走会をしました。うちに彼らを呼ぶのは、ずうっと、毎年、我々がパリに来てからだから、八年めになるかな。ニ回は、彼らが、よんでくれた。私は、この甥に十五年前、彼がまだ高校生のときに初めて会いました。フランソワの妹さんの一人っ子。その妹さん、その甥っ子の母親は、アルジェリア系と再婚したので、彼と母親は、ずいぶん長い事、うまくいってなかった。十年位、会ってなかった。電話さえなし。よって、なおさら、私の相方と、その甥っ子のおばあさん、すなわち、フランソワと妹の母親は、即ち、おばあさんにとっては、孫をかわいがる、というか、気に掛けるというか、かわいがった。甥っ子に子供が生まれて、ようやく、母と一人息子は、会うようになりました。その甥っ子は、今、高校の化学の先生で、彼のかみさんは、航空会社勤務。四つの男の子と、一才の男の子の二人のお父さん。ですが、本当に化学の先生なのか、いまだに信じられない。いつもTシャツにジーパンだし、ネクタイしてるのをみたことないし、大学生のときは、ラップに凝ってボブマーレイの髪型にしてたときもあったし。我々、私と相方は、子供がいないから(とうぜんですが)、身近な家族は、この甥っこ一家しか、いない。そんなこんなで、去年は、この四つの子に、シュバリエ、中世の騎士の仮装をクリスマスプレゼントで、ことしは、カウボーイの一式。カウボーイハット、シェリフのバッジがついたチョッキと馬に乗るためのズボンセットで、四千円。海賊と消防士のセットもありましたが、今年は、カウボウーイ。すぐ、着て、帽子かぶって、家じゅう、走り回ってた。で、私は、少し高い黒鳥というチキンの胸肉をフライパンで焼いて、あと、人参、ジャガイモ、バースニップ、黒大根、そのへんの根菜をゆでて、添えました。
前菜に、ウナギの燻製を少しだけ、海老とかトマトとかと一緒にもりつけたら、誰もなにも言わないで、食べたから、あとで、フランソワと、にっこり。というのも、見た目、かば焼きじゃなく、蛇にみえなくもないので。まあ、二センチ角位の、ふたきれなので、きにしないで、ぱっとくちにいれたんでしょう。その四つの子もちゃんと食べた。で、その子に、何が一番すきなの?ってきいたら、魚のぱねと言った。
多分、幼稚園の給食で、でる、魚のフライのこと。タラとか、その他安価な魚に衣をつけて揚げたもの。ハンバーグとか、スパゲッティとかいうのかなと思っていたので、魚のフライとは、以外でした。が、そのあと、マクドナルドにあとでいくかもしれないので、いま、全部は、たべないよというので、ははーん、彼のお父さんとお母さんは、いつも、食事のとき、全部たべないと、マクドナルドに連れて行かないよというんだなあと思いました。
はあ、フランスの四つの男の子の好きな食べ物に、やっとこさ、たどりついた。
うちの近所に、カフェに併設した売り場で、バゲットサンドイッチとか、サラダをパックして、持ち帰り用にうってます。バゲットサンドイッチは、五種類くらいで、五百円前後。この店だけ、この界隈で、昼、行列ができる。午後一時頃、大体、七、八メートル、月ー金。
私が思うに、隠し味で、味のいいマヨネーズを使っているんじゃないかとおもう。味のいいマヨネーズとは、味の素か、そのたぐいの何かをいれてるんじゃあなかろうか。普通、バゲットにハム、チーズはさんで、サラダなどちょっとはさんで、というのが普通の店。
私は、というと、きょうは、モノプリで、アボガド巻、三百七十円也を買ってたべました。海苔もまあまあのをつかっていて、悪くない。スーパーの店ン中で、巻いている。作る人、いつも、ニ、三人いるから、商売なりたってる。が、きょうきがついたのですが、一角にスターバックスがはいってたんですが、消えた。目と鼻の先に、カフェ デユマゴと カフェ フロール、その他カフェいろいろあるけど、??? モノプリが強気で高いテナント代とってたからかもしれません。
普通、行きつけのカフェで、朝 コーヒーとクロワッサンかパンオショコラ、昼は、カフェで、サラダか、その日の日替わりメニュウにワイン一杯、夜は、帰りがけ、カウンターで、ビールか、何か一杯ひっかけて、家へ帰る、って人が結構いるってとこでしょうか。
パリジャンは、引っ越したら、まず、近所のカフェのなかで、行く店、行かない店を決めるんだそうです。
あと一つ、いま、コキーユサンジャック、帆立のシーズン。ホタテをよくたべるみたい。
 

フランス人っていつも何食ってるんだろうシリーズ 2

二十五日のノエルの御馳走は、前号で紹介。勿論、フランス人だって、チーズを嫌いな人も、今まで、一人いたし、ベジタリアンの人もいるし、アルジェリア系は、ハラル認証肉しか食わんし、豚肉、絶対だめ。けれど、フランス人は、ノエルのごちそうのあとは、次、大みそかのサンシルベストルの日に、友人と主体で、騒ぐ。シャンペン飲んで、新年をお祝いする。新年おめでとう=ボナネー。
Bonne annee! が、リエゾンして、ボナネー。 ノエルで、鳥系は消えて、オマール海老と生牡蠣になり、魚屋さんは、大みそかまでに山のようなオマールを売り捌かんと、常連客の顔をみつけると、満面のほほえみで、揉み手で迎えてくれます。うちの近所の魚屋で、新鮮で、品ぞろえいいのは、やはり、グランドエピスリの魚屋。最近、マルシエ エドガーキネの新しい魚屋もまあ、いける。私は、魚には、お金けちらないので、魚屋にとっては、いい客だと思う。たとえば、黒鯛か、すずきの、フィレ二切に アサリ八百グラムで、軽く、すぐ四千円はいってしまう。メルランは、きすみたいな柔らかい、すぐ くずれる魚でやすいけど、あっさりしすぎで、味なし。サバは、安い。けど、フランソワが、あまりすきじゃない。
ドーバーソールは、おいしいけど、高い。中二枚で、やはり、三千五百円ー四千円いく。レモンソールは、ドーバーソールと似た形で、だいだい色の斑点あって、安いが、身がしまってなく、水っぽい。すぐ、ぐちゃぐちゃになってしまう。etc、
さて、ほんまもんの、オマール海老、フランス産サンマロのオマールちゃん、中一匹、八千円から一万えんするじゃ。普通の家庭じゃ、買えないけど、二十四日あたりから、山積してるから、買う人いるんだべなあ。カナダ産は、少し、やすい。今年の夏、イルドレで、中一匹四千円で生きたのかって、オーブンで三十分やいて、バターソースかけて、ふたりで、食いまくった。食いまくったというほどのことじゃあないんですが、年末パリのお値段は、倍ずけですね。夏の夕日を浴びて、熱いオマールと冷えたシャブリ、悪くなかったよーー。
一方、昨日の夜は、テレビで、アルカションの牡蠣の養殖の特集を見ました。牡蠣って、三年で、出荷するんですね。知らんかった。
戦後、大西洋岸の牡蠣が、病気で、全滅したときは、カナダと日本の仙台か、広島のどちらかの種牡蠣を空輸して、養殖再開したそうです。私が、個人的に思うには、牡蠣って、川から流れてくる養分、即ちウンコを食っておおきくなるんじゃなかろうか。ごめんなさい、しようもないこといって。しかし、だから、牡蠣って、すぐ食あたりおこすんじゃあと。といっておきながら、牡蠣、わたしは、大好きです。
フランソワは、昔、NYCのオイスターバーで、あたって、出張先なのに一か月も入院したそうで、うちでは、なるだけ、クリームソース掛けとかで、火をいれるようにしてます。ルイ十四世も大の牡蠣好きで、一ダースぺろっと食べてたそうです。そのあとも、延々とお料理が運ばれてきたそうです。日本だと、普通、牡蠣は、パックに剝き身がはいって売ってますが、フランスでは、殻付きで売っている。ホタテは、魚屋さんがその場ですぐ殻をとってくれるが、牡蠣は、開けてくれない。前もって予約しておかないといけないみたいだし、普通、皆、自分で家で開ける。マルシェの牡蠣専門の店は、その場で、剥いてくれるけど、後のお客は、延々と待たされることに。私は、最初、ハンマーとスクリュウードライバーで、苦闘して開けました。が、専用牡蠣開けを買い、(一個四百円)、これだと結構簡単にあけられた。最初、蝶番部分を強くついて、刃先を中に入れ、貝柱を切れば、ok。大分、うまくなりました。
肉に比べて、魚は、高い。モンパルナスのふもとのババンに、ドームという魚貝類専門の高級レストランの付属の魚屋が、パリで一番の魚屋だそうで、テレビにもでる。何か、敷居が高くて、そこでまだ買ったことないんです。
そういえば、このまえ、グランドエピスリで、NHKワールドの、早見優と和食を作る番組の斎藤シェフをチーズ売り場でおみかけしたんで、つい握手してしまいました。斎藤シエフは、チーズ売り場の人になんやらはなしかけてて、ひとりだとおもったら、おつきの女性軍団がいました。ひとりだったら、フランソワと三人で、お茶しませんかと誘ったのに、残念。

フォアグラ、ローストチキンの ノエルの御馳走

フランス人が、一番楽しみにしているのが、ノエル、二十五日のお食事、十一時頃の教会のミサから帰ってきての、家族集まっての昼食。それにあわせて、スーパーに山積みされるのが、七面鳥、オマール海老、牡蠣の一ダースいりの箱、フョアグラ各種、シャンパン、すぐ食べられる、カナッペ、チーズ盛り合わせ、大体、そんなところだと思います。七面鳥、ターキーは、味が淡泊で、あまりおいしくないので、ホロホロ鳥=パンタードとか、高級、一羽、四、五千円するブレス産の鳥をローストする家も多い。その前の前菜は、フョアグラ、鴨の肝臓を肥大させたもので、私は、もともと、好きじゃなかった。 モノプリの安物は、油っぽくて全然、おいしいと思わなかったんですが、三年前、ストラスブルグのカーメルズエルという、大聖堂の前にある有名なレストランで、食べたのが、きっかけで、しようがなく、おいしいと思うようになってしまいました。パリの高級スーパー、グランドエピスリで、Vidalというブランドのフョアグラを呼んだお客さんの為にかったところ、二個のスライスで、二千五百円もするので、さすがにおいしい。エアフランスでちょっぴりでてくるのも、やはり、おいしい。結局、んんんんん、脂の塊なのですが、降参、おいしいと思うようになってしまいました。しかし、コレステロールの固まりで、健康には、よくない、、、、、とおいしいと言いながらも、まだ、反抗する。まあ、毎日食べるわけじゃあない、というのが、フランス人の言い訳。
で、次にメインは、ローストターキー、ローストチキンに人参、根セロリ、栗とかのピュレを添える。普通の鳥は、一羽十ニユーロちょっとだから、日本円で、千五百円位です。塩コショウして、オーブンにつっこんで、一時間弱も焼けば、おいしい焼き立てが、たべられます。が、が、ブレスト、胸肉は、二切しかない。ももも、二つかみ。後の部分は、おいしくない。ノエルには、奮発して、パンタードとか、放し飼いの鳥とか、ブレス産の高級鳥とかを、オーブンで焼く。
次に、フロマージュ、チーズ各種たべて、デセールは、ブッシュドノエル、木の幹をかたどったスポンジにバタークリームでお飾りしたケーキを食べる。
もみの木は、小さいのから、アパートの玄関ホールに置く大きいものまで、お花屋さんが、店先で、売ってる。門松と、なんか、似てなくもないと、今、思いました。毎年、千円位の小さいのをかって、食卓の上においてるのですが、ことしは、辞めた。随分前のプラスチックので、すませたし、玄関のドアノブにひっかける、もみのわっかも、偶然、ひきだしからでてきたので、かざりました。
パリのノエル、なんか、年ごとに、道りのクリスマスの飾りが、少なくなってくるみたいです。東京のお正月も、そうですよね。
私が、小さいときは、母もお正月には、着物を着てたけど、今じゃあ、お着物を正月に着る人って、ほとんどみかけないのかも。


I know him so well

前回で述べた、小坂明子の「あなた」に感じが似ている曲だと思うんですが、I know him so well という題のこの曲は、ミュージカル チェス のなかで、Elaine Paige と Barbara Dickson の二人によって、歌われて、大ヒットして、私の大好きな曲であります。
ま、いかにも、ゲイのすきそうな、盛り上がりのある、曲だとおもいますが。アバABBAの ベニー アンダーソンとビヨルン ウルバースが作曲したそうです。アバって、一体全体、まったくもってして、いくら、稼いだんでしょうかね?昨日は、オルセー美術館で、マネとセザンヌとかの初めて見る絵を 新しく改装されたコーナーで見てきたんですが、今、印象派の絵は、殆ど、億単位の値段ですが、印象派の画家生存中は、モネをのぞいて、あまり、殆ど、稼いでない、彼ら自身 お金持ちには、なってないようです。セザンヌなんかは、どうも、一点も売れなかったっ様です。それに比べると、音楽の歌い手、作り手は、生きてる間に 稼げるから、いいですよね。
この I know him so well を フランス語 にかえると Ils se conneissant si bien となり、 このフランス語 を ユーチューブすると、この曲が流れ、フランスで放映された 二つの ゲイ テレビ シリーズの 場面、場面が見れますんです。まず、歌っているのは、オリジナルの二人でなく、イギリスの俳優兼歌手のJohn Barrowman と 歌手Daniel Boysで、Elaine と Barbara 女性二人に対抗して、男ゲイふたりで掛け合って歌ってます。
John Barrowmanは、今、五十才の俳優、歌手、司会者で、SFTVドラマ、ドクターフー、と 秘密情報部トーチウッドのキャプテン ジャックを演じた超美男俳優さんで、ゲイであることを公表して、ユーチューブにも、実際の彼と二人して、画像でてます。彼氏は、建築家。彼Barrowmanのウイキに、Mark Simpsonというひとが、ものすごい ひどいことを言って、Barrowmanを皮肉りまくっているので、のぞいてくださいませ。私は、ロンドン時代に、ドクターフーの再放送だかを見て、彼のフアンになったのでした。「ドクターフー」とは、昔の赤い公衆電話ボックスに入って、過去にタイムトンネルするSFシリーズテレビドラマで、長く続いており、フランスでも吹替で今も放送されている長寿番組。真っ赤な公衆電話ボックスが、宇宙を飛んじゃう。勿論、主人公は、もう、少なくとも三代は、交代している。が、でてくる、宇宙人というか、怪獣というか、擬人化しているのですが、へんてこりんというか、あまり見ていて気持ちよくない。若干、根暗なシリーズ。一人、キャプテンジャックだけが、明るい。そう、まず、「Ils se conneissant si bien」のユーチューブは、歌っているのが、このゲイの超美男俳優で、Barrowmanの名前とかは、でてきません。I know him so well Barrrowman をいれると、BarrrowmanがDaniel Boys と歌ってるのが、すぐでてきて、二人の顔をチェックできます。
さて、Ils se conneissant si bienの方の動画は、二つのフランスのテレビ ゲイ ドラマ シリーズのシーンを交互に出してます。どちらかというと、若い二人の方は、Clara Shellerというシリーズで、男二人のうちの、背の高いほう、濃い系、毛深いほうは、Francois Vincentelliという俳優さんで、テレビでも、舞台でも活躍してて、ゲイではなく、奥さんと子供さんもいます。確か、ベルギー出身じゃなかったかな?ちょっとタイプだったので、調べたんですが、South出身だったかも。ドラマ上では、男二人と女性一人の三角関係のもつれあいみたいな、Vincentelliちゃんが男にも女にももてちゃう。まあ、どちらかというと、Vincentelli様は、お芝居しないほうが、地そのままで、勝負する役者さん?ごめん。ベッドシーンも結構あるので、Vincentelli様の胸毛と腹毛が見れるんじゃ。
もう一つの方は、タイトル Un amour a taire 、大戦後、家庭を持った男二人が再開して、恋におちる、ドラマ?だと思うんでですが、調べきれず、ごめんなさい。ウィキで見たんだけど、違う俳優さんのフィルムのデータしかない。けど、栗毛のほうは、うちのフランソワに若干にてて、私のタイプです。時折、テレビで、みかけるのですが、名前わからず。刑事ものの 主役張ってたんですが、個性の強い俳優さんじゃないので、視聴率がとれず、シリーズが続かなかった、何かそんな感じ。品がよすぎる感じの俳優さん。
ゲイの美しい、愛を歌った、この「Ils se conneissant si bien」、ユーチューブで是非 見てね。
さいなら、さいなら、さいなら。

城卓矢からザ ピーナッツまで

落ち込んだ時には、ものすごく熱いサウナに入って、ド演歌を聞く、例えば 一節太郎の「逃げた女房にゃ未練はないが、」ではじまる歌とか、、、という記事を読んだ。ハハーン、成程、ワタシャ落ち込むことは、あんましないが、もっと気分を高揚させるには、いいかもと思い、、、さっそく、まず、里帰りしたときに、レコード屋にいき、青春歌謡年鑑 演歌歌謡編六十年代ベスト、というCDを買い込んだ。それを手始めに、当時ロンドンに遊びにきた従兄にも頼んで、お土産に、その青春歌謡年鑑シリーズの七十年代、八十年代のベスト編を持ってきてもらった。まず、私の年代は、中学生の頃は、CDはなく、レコード、三十センチの黒い円盤レコードなので、ミュージックショップでなく、レコード屋にいくという表現でした。因みに、パリだと、CDショップは、FNACというチェーン店が主なので、CDを買いに行くときは、FNACに行くという表現です。FNACは、本、CD,パソコン、カメラ DVD TV を売っている、日本の電気屋、ヤマダ電機と大型書店とタワーレコードを合わせたような店です。ここ数年、本部門、CD部門は縮小傾向で、レンヌ道りのFNACは、前は、地下は、CD売り場だったのが、今は、何と、ユニクロが入っちゃった。マルシェサンジェルマンにもユニクロが、できて、昨日は、たくさんのクリスマスショッピング客でにぎわってました。無印良品は、今、何となく、元気ないかも。話を戻すと、私が、それまで、いつも聞くのは、洋楽、ポップスと、少し、クラシック、で、演歌及び日本の歌謡曲は、CD一枚も持ってなかった。好きなアーテイストは、ペットショップボーイズ、ENIGUMA、カーペンターズ(笑わんでくれ)、ミーハーなところです。まあ、シカゴとか、フランクシナトラも一枚もってるし、ドリーパートン、ジョンデンバーも一枚ずつ、パリにきてからは、シャンソンベスト盤とか、結局、歌謡曲以外、何でも聞くということですね。
その、最初の青春歌謡盤にはいってる中で、好きなのは、王将 村田英雄、ハワイの入管で、セックスと聞かれて、週何回と答えた御仁(ほんとかウソかは、しりませんが)、歌詞もメロデイーも歌も、文句なしにいい。吹けば、飛ぶような、将棋の駒に、、、、、作詞 西条八十。おんぼろ長屋で、今年も正月を迎えちゃう。私も、昔、デイビッドと野村荘、家賃二万円にいたし、銭湯通い。
早速、というか、時たま、YOU TUBEで、村田英雄の若い時の画像をみます。と、そこで、YOUTUBEで、城卓矢の「骨まで愛して」を見つけてしまった。城卓矢が、こんなにいい男だとは、思わなかった。五十三才でなくなっており、ヒットした歌は、この 骨まで愛して のみみたいです。1966年だから、私は、丁度十才だぜ。小学校四年なので、歌番組は、見せてもらえなかったので、その当時は、彼をしらない。歌として、すきなのは、八代亜紀の もう一度会いたい、です。アップテンポで、聞くと元気になる。あと、クールファイブの 長崎は今日も雨だった、中之島ブルース、森進一の 港町ブルースとかです。前川清の 長崎とか聞いた後、台湾の徐天という歌手が、この曲を歌ってるのをちょっとみたら、うまい。見てて、はまる。このおじさんは、なんとなく、ゲイの香りがする人だとおもった。韓国のひとが、演歌うまく、在日の歌手もけっこういるけど、台湾の人も、こぶしまわし、うまいもんだなあ。台湾の黄西田という人の、潮来笠は、絶品で、うますぎて 表情もおかしい。「ちょっと」が、「ちょと」になるのは、まあ、ご愛敬ですね。本家の前川清も 森進一も 台湾のテレビに出て、彼らと共演している。それと、テレサテンも、長崎は今日も雨だったを熱唱している。ド演歌している。中国語でも歌っている。テレサテンが、来生たかおの曲の歌い方と違って、演歌をうなっている。そして、ザ ピーナッツにたどり着いた。彼女らの声は、硬いので、あまり好きじゃない。が、恋のフーガを聞いて、恋のフーガの誕生秘話のユーチューブをみたら、編曲家宮川泰の息子さんが宮川泰直筆の編曲楽譜をみながら、曲のイントロの解説をしていた。恋のフーガのオリジナル曲は、スローテンポなのを、宮川泰が、すぐさま、アップテンポにして、イントロ出だしのバヤ、だかだかだん、バヤ、だかだかだんというトランペットとドラムの強烈な、突撃を作って、その後、ザピーナッツ二人が「追いかけて、追いかけて」と入っていく。宮川泰は、でたがリやで、音楽番組に出て、ピアノを弾いて、たしか、宮川泰カルテットとかで、私も何度も見かけた記憶がある。その時は、天才的な編曲家(作曲家)とは、しらなんだ。チェックしたら、何と、宇宙戦艦ヤマトの、あのテーマソングを作曲してたんだね。地球を救うため、イスカンダルへ行く、宇宙戦艦ヤマト、もう、この曲がなかったら、このアニメは、ない、といっても過言ではないと思います。ああ、沖田艦長、主人公ってだれだっけ?忘れました。紛らわしいんですが、青春歌謡年鑑とは別に、青春の詩、FOLK & NEW MUSIC HIT songというのも 棚からでてきて、井上陽水、夢の中から、、、探し物はなんですか?という出だし、 いやーまいった。フォークソングもいいなあと。そして、出ました、小坂明子、「あなた」、、、、、、もしも私が家をたてたら、小さな家を建てたでしょう、、、、なんたらかんたら、、、、で、私のそばには、あなたあーーーーーーあなたがいてほしい。。。。。私は、昔は、小坂明子さんは、ちょとグロスどんどんだからして、そんないい男のだんなさんなんて、むりだっぺ、と思っちょりましたが、今は、そんなことこれっぽっちも思っておりません。いい曲だし、誰だって好きな人と一緒に住みたいのは、当たり前だし、その当たり前のことが、特に、ゲイにとっては、難しい。歌詞にある、レースを編むのは、私には勘弁してほしいけど、お料理、お洗濯、お買い物は、わたくし、得意でございます。単純明快な、歌詞、メロデイー、大好きじゃ。イントロも、すぐ思い浮かぶ。作詞作曲は、彼女自身、小坂明子様で、彼女は、この「あなた」を百六十万枚売り上げたそうです。で、、、、、編曲は、、、宮川泰様?、、、やっぱり。

高校生の時に見た「薔薇刑」

今日、パリ、ピラミッドのジュンク堂へ出かけ、また、散財してしもうた。今日は、99.9ユーロの御買上なので、日本円で一万二千円。十一月のカード使用残高が、もう二十万円こしてるよと、いわれたばかりなのに、馬耳東風の私です。BOOK OFFがなくなって、パリに本屋がジュンク堂だけになったので、月、大体、四万円は、ジュンク堂で使う。多分、パリ ジュンク堂のお得意様のひとりが、賢三先生なので、私は、彼に続く、その次のお得意様、、、かもしれませんだ。BOOK OFFでは、毎回、一冊二ユーロの駄本、誰も買わない、郷ひろみのダディとか、を五冊、締めて十ユーロ、買うのが、楽しみでしたのに、何と、今は、その十倍の新書をお買い上げになってしまう私。ちょっと、派手に買いすぎです。が、物を書くためには、本をよまなきゃ。BOOKOFFで買い込んだ本は、あらかた捨てた。一冊だけ「ゲイ文化の主役達」THE GAY 100 だけは、私の愛読書で、今だに、トイレとかで、読みます。ソクラテスから、ミケランジェロ シニュリレ(作家)まで、古今東西のゲイ文化に影響を与えたゲイ百人を紹介した本です。これは、さすがに二ユーロじゃなく、十ユーロ位したかもしれません。この本で、日本人は、一人だけ、三島由紀夫が六十二位でランクインしてる。
それで、ジュンク堂は、今年九月、店内改装しました。通り沿いの棚は、フランス人向けのフランス語の日本関連本だけと思っていて、今日ちらっと、みてたら、田亀源五郎の二冊合わせ特別本が目に入ってきて、ナンじゃこりゃ、びっくり。その付近に「三島由紀夫が愛した美術」定価千五百円があったので、買いました。彼の大田区の新築豪邸の居間の写真とかを篠山紀信が撮っている。家具はローマとかで、海外旅行の際、買い付けたそうです。庭の大理石とか、男性像とか特注品で、すごいお金かけている館。あえて言えば、西洋かぶれと言えなくもないか。写真集薔薇刑の一コマかと思われる褌姿の写真も豪華な額に入れて、かざられている。が、褌の中身は、明らかに勃起してるのに、堂々と飾っちゃうんだ、スゲー。巻末年表によると、彼は、大正十四年生まれなので、私の父と全く同い年。彼が、市谷の自衛隊で切腹したのが、昭和45年(1970)とあるので、私は、その時十四才、中学二年。褌写真集 薔薇刑は、昭和38年三月刊、限定1500冊。  えええ、たった千五百冊?  そうですか。
私の通った高校は、都心も都心、赤坂見附の、赤坂東急ホテル、山王ビル、ホテルニュージャパンと並んだ、山王ビルとホテルニュージャパンの間の遅刻坂をあがったとこでした。ホテルニュージャパンは、火事で焼ける前で、私なぞ、学ランで、ロビーうろうろしてた。で、当時、赤坂東急ホテルの二階だかに、小さな本屋があったので、学生服で、時折、立ち読みしてた。そこで、何気なく手にとったのが、薔薇刑で、頭とあそこが、かあっと熱くなって、慌てて、棚に戻した。私が、十七位だから、昭和四十七年です。彼は、昭和四十五年に、事件をおこしているので、私が手に取ってみたのは、事件後の復刻版とか、かもしれません。私自身、褌は、締めたいとは思わないけど、ボデイビルの青年の体は、趣味、タイプ、大好き、興奮のるつぼ状態、マスキュランになりたい。
私自身のホモセクシュアルの最初の行動は、十九才位の時、わざわざ隣の田無の駅まで、薔薇族を買いに行ったことです。十八、十九の青年が、ひなビタ本屋で、ホモ雑誌を買うのに、躊躇して、顔真っ赤になって、レジのおじさんだかおばさんに、、、、何か聞かれたらどうしようとか。薔薇刑を見たときは、そんな褌、男臭さむんむんの写真集だなんて、全く予想してなく、偶然で、棚に戻した後も、訳わからない状態でしたので。
十七の高校二年の時から、父が、北海道に転勤したので、ばあ様のところに、下宿しました。毎月二万五千円を仕送りしてもらい、五千円をばあ様に渡して、残り二万円で、食費、銭湯、お昼代、諸々、、、。ばあ様は、ごった煮しかつくれなかった。当初は、専修大の学生と、多摩美大の学生が下宿してたけど、ほとんど、彼らとは、話さなかった。今から、四十四、五年前の話じゃから、二万五千円の仕送り、しかも高校生、。一軒家の都営住宅で、庭もあった。お勉強どころではなかったな。もともと、お勉強は、好きじゃないけど、それでも、少し、教育社のトレーニングペーパーなるものをやって、何とか、まぐれで一つだけ受かった。おかげで、高卒の初級公務員には、ならずに済んだ。父親の勧めで、初級公務員試験は、取ってた。高校二年生の時からは、家から三鷹迄、バス、そして、中央線快速で四谷まで、そして地下鉄丸ノ内線で、四谷から赤坂見附まで、最低片道一時間半はかかる道筋でした。帰りに、吉祥寺の駅地下のスーパー三浦屋で、夕飯の材料を何か買って帰った。学生服で。前述の写真集薔薇刑は、少なくとも、三千円はする写真集なので、私が、買える代物では、なかった。結局、ばあさまの所には、十七の時から、二十二才まで、五年いた。水洗でなく、汲み取り便所で、臭くて、いやだった。夏、銭湯から帰ってくると、もう全身ぽかぽかすぎて、よく、一発、マスタベーションしました。なんせ、元気一杯の頃。ばあ様には、世話になったけど、日々の家事は、全くダメな人だった。彼女は、お経、南無妙法蓮華経にどっぷりつかっていたので、私は、身の回りのことは、自分でやる習慣は、ついたけど、、、、はたして、所詮、人は、なんて話は、やーめた。

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村岡 秀俊

Author:村岡 秀俊
のどが少し痛いけど、そんなのふっとばして、生きてゆこう

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